2018年09月19日

鳥居って、衝撃(後編)

論じてしまう後編。

この図は米澤貴教氏「神仏習合儀礼の場の研究」、補章一「習合神道における鳥居」122頁からの引用です。(https://core.ac.uk/download/pdf/46892820.pdf)
元となる出典は渓嵐拾葉集。天台宗の教説を集大成した文献です。

タッチなどまるっきり違う絵ではありますが、並べると同じ物を描いたことは疑えない。重要なポイントで一致していますし、右側の三つはそれぞれ同じ「_字門」と書かれています。梵字じゃコンピュータでは書けないんですけど。

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米澤氏によれば、すべて日吉大社の鳥居で、神明部では立っている場所のの説明もあるそうです。右から一の鳥居、二の鳥居、三の鳥居です。三輪鳥居が加わっているのは、米澤氏の書くように日吉大社西本宮の大己貴命は大和の大神神社から勧請された関係を示すと考えると理解できます。

また、米澤氏は、
一の鳥居と三の鳥居は室町時代に描かれた「山王宮曼荼羅」で確認でき、形はそれぞれ明神鳥居と山王鳥居である。このように記述された鳥居は実際に建っていた鳥居であるとして良い。

とも書いています。三の鳥居は山王鳥居だとして、確認できると書いているわけですね。

同じ物を描いている筈だと思うんですが、一目で大きな差異がある。上の図では三の鳥居と三輪鳥居に貫がなく、当然額束もありません。加えて三の鳥居は上に乗っかっている部分の形状が、三角形と半円とで違っています。なので、上の図は、

全く以て鳥居に見えません。

図にありますが、それぞれ「門」と呼ばれているから鳥居と言えるのか。しかし先の二つ以外は完全に鳥居です。下図は全部鳥居そのものです。(三輪鳥居の上に乗っかっている円を無視すれば。無視しましょう)
この二つの図を見ていると、なんだか訳がわからなくなってきます。

渓嵐拾葉集は比叡山の黒谷の僧侶光宗(こうしゅう、こうじゅう)がまとめたもので、鎌倉時代の終わり頃に完成したと思われます。14世紀の初めですね。

光宗は人生を渓嵐拾葉集につぎ込んだはずで、もちろん今とは全く違う価値観に生きている以上現代人の認識で判断は出来ないものの、比叡山の「神学」である山王神道のシンボル、日吉大社の鳥居についていい加減なことを書くとは思えません。実際鳥居を3つの梵字に当てはめていますが、それらは「ア」「バン」「ウン」の3字で天台密教を象徴する奥義を表しているというのです。

じゃあ、なんで二つの図がこんなにも異なるのか。光宗は現物を見ていなかったかも知れないですが、見た人から形を聞いていないとおかしい。下図の各鳥居は正しいんです。山王鳥居こそ、聞いているから描けるでしょう。


一つ可能性として、上図は渓嵐拾葉集の記録部、下図は渓嵐拾葉集の神明部に乗るという点です。「記録部」だとおまけっぽいですがさにあらずで、光宗の流派(記録の派、記家と言います)は「記録」こそが天台の深奥を伝えると考えていたそうです。もしかすると、神明部の鳥居は実物を書き写したもので、記録部はそれに神秘的解釈を施しているのかも知れません。

いずれにしろ、数少ない鎌倉時代の鳥居の絵にこんな驚かされる姿があると言うことは、鳥居の歴史を考える上で無視できないんじゃないでしょうか。

近世以降の鳥居研究でこれらの絵が知られていたとしても無視された経緯も想像が付く。「仏家のたわごと」、中世の遺物の仏教者が下らんことを書き散らしている、そういう見方がされていたんですよ、昭和になっても。勿論、全くの例外の方もありますが。この絵を見ても「神聖で素朴な鳥居にまた下らんこじつけを書いていある」と冷笑されたんでしょうね。

もちろんまずは渓嵐拾葉集で前後含め読んでみないと話になりません。読めば、案外「上の図、これはつらいな」で終わるかも知れませんが、それもまた良しです。
posted by harukuni at 20:05| 東京 ☀| Comment(0) | 神社 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年09月16日

生産者名と、横にする話し。

ワイン関係の話を2つ。ワインという以外は関係ないですね。

その1。近年ドイツワインでも特に評価が高い、モーゼルのMARKUS MORITORです。

東急で、辛口の棚にあったんですがラベルには辛口との表示がない。甘口でも有名な生産者なので、もしかして間違い?と思いつつ買って飲んでみました。こういうのも出会いですから。

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結果、完全な辛口でした。ドイツリースリングは甘さがある方が好きで、モーゼルは特にそうなんですが、これはかなりうならされる辛口でした。やっぱりちょっと重く思えるものの繊細さもしっかりあってリースリングの美しさが表れていると思います。


ところで、ここの読み方なんですが。

日本に入ってきた初めは、「マルクス・モリトール」と呼んでいたはずですが、今は「マーカス・モリトール」と表記されてます。輸入元がそう書いているんだと思われ、別の会社の人も「マーカス」って言ってましたが、ドイツなんでマルクスが普通でしょう。モリトールは、モリトーアがドイツ語発音だと思います。日本語版最後のポケットワインブックもマルクス・モリトーアと書いてます。日本の今の表記は英語発音ですね。

まあ良いんですけど。「マルクス」が嫌だから変えたんじゃ無かろうな、フィラデスさん?名前は尊重しないと行けませんよ。



その2。前から不思議だったんです。

東急でもそうですが、ワインを買って袋に入れるとき、入りやすいように横にするときには「横にして良いですか?」と聞かれます。普通は縦に入れてますね。

なんで?横で良いじゃん。

保管するときは横に寝かせるのが一般的なのに、なんで買って持ち帰るときは横じゃいかんのか。あんなに「ワインは横にしろ」と教科書様に書いてあるのに。

澱があれば別ですよ。でも古いワインは立てていても移動で澱が待ってしまいます。結局しばらく寝かせて澱を落とすしかない。最近の、意図的に澱を残すタイプのワインは澱を舞わせたほうが美味しいことも多いので、なんら問題ない。第一、澱を気にするような古いワインが店頭にあるショップなんて希ですよ。

スパークリングを、持って行ってすぐ開ける場合には、抜栓時に吹き出さないないためには立てた方が多少マシかも知れません。それくらいしか理由を思いつかない。


えーと、そうか。自分はあまり買わないんですが日本酒やウィスキーでも縦にするか。ワインだけじゃ無いんだな。お酒以外も縦かなあ。でも一々聞かれるかなあ。


なんでだろう。瓶が割れにくい?単に、見た目かも。


私は、運びやすいようにするのが一番。横で全然問題ないです。

posted by harukuni at 20:17| 東京 ☁| Comment(0) | ワイン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年09月14日

鳥居って、衝撃(前篇)

今日は、のんびりとワインでも飲んで明日に備えようと思っていました。


そこに、こんな図像が入ってきました。詳しくは語りませんが、あの三宮へ行った日吉大社の鳥居です。


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おおお、三輪鳥居が入っているけど、それはおいて、引用元の文献が鎌倉後期なんですごいなあ、と、思っていたら。



こんなん来ました!


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うわあああああ、なんじゃこりゃあ!!!


鳥居の概念が大崩壊か、なんとういうか、どうしたら良いんだああ!!!


すごすぎます。素人の感想を聞きたい人は次回まで待ってくださいな。



posted by harukuni at 23:59| 東京 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年09月13日

ルモリケのニュイ・サンジョルジュ1990年の比較

先日参加したワイン会。アンリ&ジル・ルモリケ(HENRI et GILLES REMORIQUET)のニュイ・サンジョルジュ、1990年を畑違いで飲み比べました。

ルモリケ、名前は聞き覚えが有ったしラベルも見覚えが有ったけど最近はそんなに取り上げられない生産者。楽天でも扱っている店が限られていて、説明によればワイン・スペクテーターで評価が高いということだから、アメリカで人気のスタイルなのかも知れないですね。楽天での一番新しいヴィンテージが2005年、値段はニュイ・サンジョルジュの1級畑で10,000円強くらい。日本での扱いが判ります。

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でも、良かったですよ。畑はレ・ブスロット(Les Bousselots)とレ・サンジョルジュ(Les Saint-Georges)。どちらもしっかりとした色合い、果実を豊かに残しながらほぐれてきています。飲み頃かな。ブスロットのほうがきれいで滑らかな印象、レ・サンジョルジュはまだ若い強さを感じました。畑の核が出ているかもしれないですね。

1990年は言うまでもなくブルゴーニュのグレート・ヴィンテージで、この2~3年で何回か機会がありましたが予想外にがっちりして口をきかない印象が多かった。このルモリケはどちらもはっきり語り掛けてくれている感じでしたよ。


さすがに1990年は楽天にありませんでしたが、2001年とか、1万円なら試す価値はあると思います。嬉しい機会でした。
ラベル:ブルゴーニュ
posted by harukuni at 21:04| 東京 ☀| Comment(0) | ワイン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年09月12日

談山神社〜多武峰に感激(後編)

多武峰に行きたかった理由の、最大の物は、多武峰もまた摩多羅神がいらっしゃる天台宗の寺院だからです。今は談山神社になって「権殿」になっていますがこれが元の常行堂。

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多武峰でも摩多羅神の祭りを行いますが毛越寺などとはかなり異なり、特に、翁の面が摩多羅神だとされている点が非常に特殊です。正確には、「摩多羅神」と書かれている箱に、翁の面が入っているんですね。この点から、摩多羅神が芸能の神になるつながりを示しているとされます。その翁面、写真でも展示されてないかなあと思っていたら。入場時にもらえるパンフにあっさり載ってました。これレプリカ?と思ってネットで検索したら、前から見てるじゃないの。全くもう、今頃・・

境内の隣におそらく神職さんの家だと思われる立派な邸宅があり、そこの瓦に発見。耳にかける紐が彫られてます。間違いなく摩多羅神の面ですね。

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その(多分)神職さん宅を通過し、東大門があるというので神社の前の道を下っていくと、途中に何やら石の構造物が見えます。人の背丈ほどある。

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「摩尼輪塔」だそうです。もうなにが何だかわかんないけど重文で1303年建立。その前に石灯籠が同じ感じであってやっぱり重文。道端に重文が落ちているみたいだ。だから、マリリン塔じゃないっつーの。

多武峰は10月に行われる嘉吉祭の特殊神饌「百味の御食(ひゃくみのおんじき)」が有名です。それも興味深いんですが、これをみて一人で大興奮。

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「青農」、”せいのう”と読みます。細男、才男、という表記が多いと説明にありますし(やっぱり「せいのお」)、そちらは私も何度か文献で見ています。傀儡子(人形使い)だという文献も見るし、軽業師という説も見ます。とにかく神事で芸能を奉仕する人らしいんですが詳しいことが全然わからない。

説明によれば(嘉吉祭で)「いちばん始めに本殿に饗されるもので、手には長い棒を持っており、先触れの役目を果たしていると考えられる」との事ですが、続いて謎を秘めているとも記されます。

この人形、作成は室町時代だそうなので大変貴重だと思うんですよ。奈良県指定民俗文化財指定だとか。 ???   文化庁は何やっとんじゃ!東京駅が重文ならせいのうだって重文だろうが。多分、いろいろ修復されて室町時代の作とは言えなくなってるんでしょうけどねえ。ネットで検索してもろくに引っかからないない。誰も興味ないのか、こんなすごいものに。

サイト「劇場文化」のいとうせいこう氏の文章がヒット。流石だな。長い棒を避雷針に見て考えを書かれています。
(http://spac.or.jp/culture/?p=593)
興味深いことに、いとう氏が見た説明文には
海部族(あまべぞく)の精霊をかたどったものといわれ、海部はこの人形で独特な鎮魂の呪術をおこなったのである。

とあったそうです。そういう伝承もあったんですねえ。今は恐らく根拠が足りないため、引っ込めたんだと思いますが。

棒は先触れである程度説明できますが、背負っているのはいったい何なのか、強烈に目が行きます。


前からちょっと気になっていた「せいのう」。その貴重な像を、雨のおかげで見ることが出来ました。摩多羅神のお導きに違いない。ありがたや!

さあ、皆さんも青農を見て、重要文化財の群れに圧倒されて、御相談所で脱力するために、談山神社=多武峰にGO!
(桜井駅から日の丸タクシーin桜井で3,000円ですよ)
posted by harukuni at 20:28| 東京 ☁| Comment(0) | 神社 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする