2017年02月28日

新しいカリフォルニアワイン

更新がやたらと空いてしまいました。

先々週の東急カウンターはカリフォルニア。スーパーなお値段の赤ワインもずらり並んでましたが(番外で3つくらい増えてた)ちょっと手が出ない。比較的高めのワインが多かった回でした。

そんな中でお手頃だったのはエリック・ケント(ERIC KENT)。SONOMAだそうです。この日出ていたのはシャルドネ2種(1つは番外)とピノ1種。ほかの葡萄もやっているかは聞き忘れました。

特にインパクト大だったのは、そのラベル。

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左から、シャルドネ、同じくの格上品、そしてピノ・ノワールです。

バックラベルに、それぞれのラベルをデザインした人の名前が入っていて、別の人でしたが共通性がありますね。カリフォルニアというよりオーストラリアに多そうな気がしますが、先入観ですな。ラベルとしては好みじゃ無い方向性ですが、味はかなり良いと思う。特に気に入ったのは、安い方の(ミミズク)シャルドネ。安いったって7,000円くらいするけど。

結構引き締まって硬質な印象。格上の方が豊かですが、私は現時点ではきりりの方が好みです。

今ネットで見たらほかにもラベルがあるみたい。傾向はやっぱり似てますね。バックラベルはこれで統一。(格上シャルドネです)

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あと、地味に驚いたのがこれ。フロッグスリープの、シュナン・ブラン2015年。

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「初めて見ましたけど・・」と言ったら、初ヴィンテージだったそうです。老舗も新しいことにチャレンジしてますねえ。
味は。うーん、やっぱりソーヴィニョン・ブランの方が美味しいかなあ。もちろんこれも、「現在は」の話ですが。

あと。この写真。

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結局一つ飲んじゃった・・・じゃったで済むかあ!!
一瞬たいしたことないと思うけど途中からの膨らみが圧倒的。すんごい美味でしたが、会計が
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2017年02月10日

やっぱりオーストリーワイン

先週の東急カウンターはオーストリー。意外なことに閑散としていたそうで、私が行った2日目午後も私とあともう一方だけ。最後に一人増えましたが。何でだ?

オーストリーはAWA社のテッシュさんが来ることが多いのですが、今回はAWAではないインポーター中心だったのでテッシュさんがいなかった。たぶんそれが一種の反動になり、少なかったんだと推測します。

でもAWAあったんですよ。結局それが印象に残ってしまいました。
一つはこれ、ヨハニスホフ・ライニッシュのグンポルツキルヒェン・トラディション、2014年です。

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テルメンレギオン(Thermenregion)というオーストリーでもかなりマイナーな産地で、グンポルツキルヒェンというのは地葡萄2種類をブレンドしたこの地方伝統のワイン。ただ、その2種類の地葡萄自体が既に「絶滅危惧種状態」だそうですので、相当なレア物です。
とはいえマイナー生産地の地味なワイン、ボトル3,000円。今回のラインナップで最も安価で、コスパ最高とはその場にいた人間が皆認めるところでした。
(サンプルが少ないのがいかんともしがたい…)

でもこれが美味しい。不思議なことに、若いのに旨みたっぷりです。途中からどんどん開いたと感じたので、ゆっくり味わう価値があると思います。


そして今回の白眉、2015年のF.X.ピヒラーです。

2015年はもんの凄く良い年だったそうで、最悪に近かった2014年の正反対だった、というのは既に何度も聞いています。それを初めて味わったのですが、確かに素晴らしい。
銘柄は、
グリューナー・フェルトリナー(GV)のロイブナー・ロイベンベルグ・スマラクト、同じくGVのM(もちろんスマラクト)。

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そして、今や2万を軽く超える、ウンエントリッヒ・リースリングです。

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何が凄いって、今開いていてものすごく美味しいこと。実は、私はF.X.ピヒラーのスマラクトはアルコール感が強すぎ、重すぎると感じることがよくあるのです。もちろん暖かい年によく感じます。すぐ飲むなら、オフビンかスマラクトより下の格の方が良いかもしれないと。スマラクトは熟成させて馴染ませないと難しいかな、という感じでした。

2015年は素晴らしい年で、第一の理由は温暖だったことと聞いていました。なので身構えていたのですが、驚いたことに重さを全く感じない。果実味が豊富で、一方で酸もしっかりしていて、バランスがとても良いのです。GV2本は14%、ウンエントリッヒは14.5%のアルコールにもかかわらずです。温暖・乾燥だけではない要因があったんでしょう。師匠にもっと詳しく聞けば良かった。

ほかの生産者の2015年も楽しみです!


いや、AWA以外のインポーターのワインも良かったんですよ(贔屓じゃないと必死の主張)!ほかも含めて、オーストリーの時に来るのに今回パスした方、勿体ないと思いますよ。たまたま私の印象に残ったのが、また2015年だったのがAWAだったと言うことです。

AWAに思い入れということは無いのですが、オーストリーとドイツのワインが好みなのは否定できませんけどね。
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2017年02月08日

熊野7〜奈良県突入(玉置神社)

感動の神内神社を出て、今晩の泊まりは本宮に近い川湯温泉。でもその前に神倉神社のそばにある渡御前社に寄りました。
調べたところ、祭神が神武天皇で一時速玉大社内の新宮神社に合祀されたものの、地域の人が再度祀ったということでした。しかし、「渡御前社」という社名に何かもっと意味がありそうに思えてしまいます。神武天皇とつながらないし。熊野川近いし。

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神社は、小さいながらきれいに手入れされていて気持ちがよかったですね。

さて、川湯温泉の周りではおやじ3人珍道中状態でしたが、それは最後におまけにでも書くとして翌日は車で5分の本宮から回ったんですが、でも本宮は次に書きます。午後に熊野古道から戻ったので、まとめて書きたい。

本宮を出発して向かったのが、奈良県に突入して玉置神社へ。事前に友人が挙げた候補を神社仲間のソムリエに聞いたら「いいですよ〜!」というので即決。でも本宮から片道1時間かかります。

しかし、本当に行って良かった!!友人達も口々に「いいね〜」と感嘆。この日も見事な晴天だったのでなお素晴らしい。
ガイドブックでは朝靄がかかった風景が出ていて、それも途方もなく素晴らしいと思いますが、天気が良くないと行くのが大変。最寄りの町は十津川温泉で、本宮から30分以上かかって着いて、そこから山道をもう30分上がります。

私はスマホで地図を見ていたのですが、到着地点がカーナビと合わない。おや?と思っていたら丁字路にぶつかり、正面に大きく「←玉置神社」の看板。カーナビは逆を指していて、間違ってるんです(レンタカーも新車で、友人はそんなわけないんだけど、と不思議がってました)。

今は大看板のおかげで安心。って事はよほど間違う人が多かったんだな・・そのかつては難関だった分岐(カーナビのせいだけど)を過ぎるともうそこに駐車場。ちょっとびっくりするくらい立派です。新しい水洗の洋式公衆トイレがある!世界遺産の影響力はすごいなあ。

駐車場のすぐに一の鳥居があって、先は見事な林の中です。

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でも、ちょっと拍子抜けの平坦な広い道が続きます。こんななの?と思っていたらさあ来た、小さい鳥居に結構急な下り坂。平坦な道もそのまま奥に続きますが明らかに下りが表参道。左に山肌を見ながら回り込むように下っていくと、正面の崖の上に建物が見えてきました。

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先ほどの広い参道は車が入れるように作ったもので、本来は社殿正面に回るため山肌を下る構造になったのでしょう。社を南面させていることと、熊野方面に向いている意味もあるんでしょうか

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それほど高くはないけれどかなり急な石段を上がると(大きく分けると二段になっています)本殿正面。向かって左手に摂末社群、そして右側は細長く平地が続いて奥に鐘楼と社務所があります。

本殿は相当規模の大きい社殿ですが、もし単体で見ると大きい神社だなあ程度で済ませてしまうかも。でも場所、景観と合わせると圧巻なんてもんじゃありません。巨大な木々に囲まれて凜と立つ姿は神々しい。撮影は遠慮しましたが、鞘堂の中にはまた立派な本殿が三つ鎮座しています(拝殿はなく、鞘堂が拝殿でもあるのでしょう)。

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境内の解説によれば玉置三所権現、国常立尊、イザナギ尊、イザナミ尊との事ですが、歴史的にはやはり熊野三山なんじゃないかと思います(じゃなければ熊野の奥宮じゃないだろうし)。速玉大社の説明でも熊野三山の主祭神は上の三柱に当てられています。

本殿向かって右側の摂末社は、春日大神・八幡大神・住吉大神を祀る若宮社と、軻遇突智神・早玉男神・高倉下神を祀る神武社。
あの、若宮社はまだいいとしても、なぜその祭神で神武社なんですか??

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奥にもう一つ、大日堂社というかなり無理な名前の摂末社。修験道といえば密教、といえば主尊は大日如来。あって当然で、神仏分離を頑張ってくぐり抜けたんでしょうねえ。社殿も明らかに仏堂です。

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さて、本殿の向こうの鐘楼の鐘と、社務所と台所の建物が重要文化財です。社務所+台所は、神社のHPによればかつての別当寺、高牟婁院の主殿及び庫裏だったんだそうです。正面の扉の彫刻で既に単なる建物じゃないことがわかる。平面図を見ていないので、どこまでを食堂というのかはわかりませんが、ガイドブックによれば「社務所」と行っても礼拝と修行の場所で、中は絵画・建築とも見事だそうです。拝観料金払いますよお。

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なんといってもここは修験道最大の規模を誇った大峯修験の今に残る重要な遺産だそうです。修験道では「宿」が重要ポイントで、経由地となる宿坊がありました。寺社の建物と、宿坊が併せて現存しているのはもう2カ所しかないそうです。後から知りましたが・・・(苦笑)


社務所と岩肌の間を通ると少し広いところがあって、三柱稲荷という規模の大きい摂社があります。倉稲魂神・天御柱神・国御柱神が祭神で、稲荷神でもあり地主神でもあるとの事です。

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その裏手には出雲大社玉置教会。なぜここに、と思ったらやはりHPに
明治維新の際、十津川郷中すべて廃寺され、全村民が大社教に属したことから、その総元締めとして設立された。

とのこと。少し素っ気ない書き方の気もする。

境内図を見ると、その先一番奥に「玉石社」が有り、その更に先は玉置山の山頂です。
とあるブログに「本殿よりもまずこちらにお参りします」と書いてましたが、そんじょそこらの急な参道とは質が違うのでそのつもりで。ほぼ登山道で、町用の靴で登ろうなんて思わないこと。
あきらめそうになる絶妙なタイミングで次の鳥居が見えるので、くたびれ切りながらなんとか登り切りました。

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きついですが、たどり着けばなるほどという感じ。石があるだけ、まさに玉石社ですが、木々と重なって神秘的です。

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そのすぐ上にもう一区画、「霊石古石神祠」も有りました。良いんですけど、神社から認められてないのかも・・

帰りは、社務所裏の真新しい階段を一気に上ると先ほどの車用の道に出て、あとは平らです。しかし無理でなければ、やはりお参りは正参道からをお勧めします。あの空気こそ味わってほしいですね。

駐車場から撮った風景。自慢です!お鮨買えなかったけど。。

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2017年02月06日

嵯峨野の竹林と髪の神

1月にモヤさまで京都に行ってましたが、不思議なところがありました。嵐山の超絶有名な竹林ロードに行ってましたが、その入口のところで「坂道じゃん!」と言ってて確かにかなりの勾配の坂を上っている。

でも言うまでもないと思いますが、嵯峨野の竹林に坂のイメージはあんまりない。嵐山の背後の高地に向かうので少しはありますが。さらっと見逃したにしても、何か不思議な印象が残り続けていました。

伏見稲荷の記憶を確認しかったので、モヤさまでもやってたなと思って見直しました。ついでに先まで見ていて気付きました。ここで撮ってるから坂道になったんだ。去年行った所だよ。竹林周辺でもマイナーな場所だから気付かなかったんですが、多分人が少ないから撮影ポイントにしたんだと思います。

地図で見ると天龍寺の西側にトロッコ嵐山駅があり、そこからトロッコはトンネルに入っています。つまりそこからが山(ブラタモリで説明していた断層崖)。嵐山駅をまたぐように道があって、一旦上って、再度下ると有名な竹林の道に入る。つまり普通とは逆側から回り込んでいるんですね。

撮影ポイントは南に上れば竹林、北側は小倉池というまあまあの規模の池、西奥に小さい御髪神社があります。背景の地図にあるんで位置がわかりました。



さて、その御髪神社誰もいなかったのに私が入っていくと後から人が続いてきますが、今回はたまたまだったらしい。日本唯一の髪の毛の神様としてネットにたくさん出てます。
社内にあった解説板によると、祭神は藤原采女亮政之。略して載せると、
亀山天皇の時代(1259〜1274)に藤原基晴卿が宮中の宝物を紛失したためそれを探して諸国を回り、最終的に下関に落ち着き、その三男政之が生計のため髪結職を始めたのが、髪結衆の始祖となった

で、職業の祖先を祀っていることだそうです。理容業界では、その祖が藤原采女亮であるというのは有名なことのようです(検索すると一杯出て来ますね)。

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今では神社のHPも出来ていて、上の説明と少々違いがありますが、ここに御髪神社があるのは亀山天皇陵と近いからと書かれています。確かに亀山天皇陵は天龍寺内の北側にあるので近いですね。

でもさ、ちょっと待ってくれないかな。北区王子の王子神社内に有る関神社も、髪の神様なんだけど。
理容業界の方の参詣も多いとか。どちらかというともっと広く「髪の神様」なので、髪結業の祖神とは少し違いますが、さっきのHPにも「日本唯一の頭と髪の神様です」と大書されているのは関神社からするとどうかなと思うんじゃないかと。

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この両社は有名ですが、実は全く無名の(失礼)、八王子の神社を知っています。中心市街から浅川を北岸に渡った住宅地の中にある名綱神社です。

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ここには、ちょっと驚かされる巨大な「業祖采女霊神」という石碑が建っています。あ、藤原采女さんなんだねと思うと、実は『「采女の宮」と呼ばれたとされる名綱三郎が祀られている』そうなのです。采女じゃん。でも、違うのかあ。

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理髪関係のサイトに情報があったので載せました(こちら)。なんでここは名綱三郎になるんだろう。不思議だなあ。

なお、関神社は百人一首に乗っている蝉丸が祭神で、じゃあなんで髪の神なんだというのは気になる方は自分で調べて下さい。私はある本を読んでしまったのでさわれません。深すぎます。(王子神社内は分社ですので、そこもご確認を)

しかしモヤさまがこんな話になるとは、我ながら行っちゃいけない場所へ行ってしまった感があるなあ。
posted by harukuni at 22:59| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 神社 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月01日

熊野6〜神内神社

熊野市から戻る国道を、熊野川のすこし前で山側に入り、一気に地元感の出る道を進んで向かったのが神内神社。「こうのうち」とも「こううち」とも読むそうです。

車で見えてきたときからこれはすごいという予感。細い参道の入り口、鳥居の左には大木と小川、奥に見える右側は木や草の緑に覆われています。入口手前にもとても印象的な岩が鎮座してます。

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鳥居から参道を見たらやっぱりすごい。細長い参道は右の川と左の山の間を奥に延びていきます。山は実際には大きな岩らしく、そこを深い緑が鬱蒼と包んで、余りにも厳か。

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すでに入口で3人で騒いでいたら、そこに現れた地元のおじさんこそ、神内神社の鍵を握る方でした。そこで一言を掛けて下さったのです。

「ご神体を回り込むと、すごいんだよ」

いきなりだったので一瞬当惑し、友人が「ありがとうございます、それで・・」
どういうことでしょう、と詳しく聞こうとしたのですが、おじさんは「あ、やっぱり知ってるよね」と言って歩み去ってしまいました。引き留めるのもなんなので、回り込むの意味も分かりません。その前に読んだ解説板で、ここも岩をご神体としていて本殿が無いのは判っていたので、岩を回り込むんだろうかと思いつつ、取り敢えず奥へ向かいました。

細長い参道は、先で右から岩が突きだし人一人が通るのがやっと。その裏は突き当たる丁字路状態です。左は小川へ下る階段で、そこに橋はありません。今では小さい手水舎がありますが、本来はここで禊ぎをしたんでしょう。

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その反対側がいよいよ神社の本体です。

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十分に大きい岩の間を階段で上がると割拝殿。最近立て直したようで綺麗ですが、その先に花の窟神社と同じく、巨大な岩が屹立しています。
岩というより小山で、回り込めるような規模じゃ有りません。なにしろ、岩のてっぺんを見ようとしても木々に遮られて見えないほど。確かにここの雰囲気は荘厳かつ幽玄。いるのは我々3人だけ、実に素晴らしい(ためいき)

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しかし「神内おじさん」の言葉が気になって仕方が無い。拝殿向かって左側の建物が不思議なことになっていたのですがそれは取り敢えず置いて、神体岩の手前の神域を区切る瑞垣から覗き込みます。灯籠など良い感じですがここは正面だからなあ。

拝殿の左側がもう少し登れるようになっていたので上がって見回しますが、その先には行けないから回り込むのは無理だし、その地点からは瑞垣の中がよく見えて一層味わい深いですが、わざわざ声をかける程かなあ。回り込む、って感じまでは行かないし。。。

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それほど広くない境内、いい加減諦め、雰囲気を満喫することにしました。

もう一つ、途中の岩に有る「境内社」がまた何とも言えなかったのですが、それも後にして、参拝(というより観光だな)を終えて戻ろうとしたとき、禊場の小川を渡ったところから写真を撮れば尚良い風景だろうと思いつきました。入口では、参道と川の間に小道があるのですが、参道に突き出している岩の当たりで川と道が交差しているので渡ることが出来ます。そこを通って川を渡ってご神体正面に出ました。

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友人がまず写真を撮り始めたのでそれを待ちつつ、1,2歩前に出て、何の気なしに上を見上げたら、それはありました。

本当に数秒間言葉が出ませんでした。呆然としていたら、友人が「あ〜あ、バッテリー無くなっちゃった」と言ったので我に返り「いいからここへ来てあれを見ろ!」

友人は見上げて、数秒間固まった後「電池取ってくる!!」と叫んで駐車場へダッシュ。それを見送っていたらもう一人の友人が道の先から戻ってきました。「向こうへ回ってみたんだけど、何にも無いよ」というので同じ行動を。やはり一瞬固まった後、しゃがんでカメラの準備を始めました。

この写真。

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神社から、川を渡って正面に回り込んだんです。そういう言う事だったのか

正直どうやっても写真では目で見たあの感動の100分の1も伝えられません。木々の深い緑、真っ青な空に、ご神体岩の二つに分かれた突先が日光を受けて金色に輝いているのです。ここに神を見るのは当然だと確信します。

何とかきれいに撮ろうと夢中になってしまったため、バッテリーの友人が戻って取り始めたら今度はメモリカードが満杯で、また走って戻ったそうなのですが、それに気付きませんでした。


さて、先に置いてきた話の一つ、参道の「境内社」。と言っても、岩窟ですが、屋根部分は平で、割れ目の上に別の岩が乗っているように見える。向かって左手にある石垣は補強かな?

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岩窟の中に2つと、脇に1つ小祠があります。中の小祠は神武天皇と明治天皇をそれぞれ祀っているそうですが、脇の小祠は佐倉宗吾宮。なぜにこんな遠くに佐倉宗吾なの?と思うのは共通のようで、神社の解説板とは別に、紀宝町教育委員会の解説板が設けられています。いつから祀られているか不明だそうで、古くからあると言うことですね。佐倉宗吾が有名になった嘉永年間に建てられたと推定していました。

さて、もう一つが入口から見て左側の拝殿。「どうぞご自由に」と書いてあったので入ってみたら、一番奥に神殿があって真新しい。

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ご神体があるのに、なんでこれを建てたのかなあ・・・(よく見れば経緯が書いてあったかもなあ)
右上の板に祭神が書いてあって、天照皇大神を中心に、天押穂耳尊、彦火瓊々杵尊、彦火火出見尊、鵜草葺不合尊、って解説板にあったこの神社自体の祭神じゃない。やっぱり不思議です。

しかし、地神五代に神武天皇・明治天皇と同じ所に佐倉宗吾とは、やはり興味深いです。ここの神社は別名子安の宮で、地元の人達には安産や子供の健康を願う神社として祀られてきたようですね。今でも拝殿の額は子安の宮と書かれています。それなら佐倉宗吾が入っていてもそんなに不思議じゃないな。

あんまり騒がしくなって欲しくはないところですが、観光バスは入れないのでそれ程心配なさそう。ぜひお勧めの神社です。やっぱり晴天が一番ですが。
posted by harukuni at 22:12| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 神社 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする