2017年04月07日

地域神社の方の御霊神社が気になる

私が勝手に地域神社と呼んでいる神社群があります。特定の地域に集中している神社のことで、大都会東京都心に住んでいる私になじみなのが氷川神社。神社ファンになるまでは日本中にあるものだと思っていましたが、旧武蔵国の中部くらいか、多摩川の南にはほぼ皆無です。北がまだよくわからんですが、そこに固まっています。

埼玉県中部には久伊豆神社、神奈川県北東部から東京都町田市のごく一部に杉山神社。栃木県の中部から南部にかけては星宮神社などが集まっています。

氷川神社は大宮にある武蔵国一宮氷川神社が総本宮ですが、他の地域神社はどこが本社というようなことも無いようで、最近多く廻っている杉山神社も特にここが大きい、というお社はありません。

これらはまだ分布圏が広い方で、神奈川県の「鯖神社」(いろんな表記がある)は横浜佐野西部泉区と、隣接する藤沢市のほんの一部にしかない。全部で11〜2社しか無いそうです。ほぼ真南に向かって流れる境川沿いです。たぶん2日行けば全部廻れるでしょう。名前も不思議ですが、なぜここだけに?

鯖神社よりは広い分布圏を持つのが「神奈川の」御霊神社。御霊神社は京都の上下御霊神社など各地にありますが、神奈川の御霊神社は祭神が鎌倉権五郎景政だと言う点で性格が違います。
最も有名なのは鎌倉の江ノ電脇にある御霊神社でしょうが、そもそも祭神の名乗りの地であることと、観光地として極めて有名だからと言うこともあるでしょう。ブラタモリで紹介された「長谷観音への道」という石碑、大きい道に面した側には「五霊社鎌倉権五郎景政」と彫られてます。長谷観音並みの有名さだったのでしょう・・か。
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石碑の通り、祭神が権五郎なので「五霊神社」と表記している神社も複数有ります。これら「ごりょうじんじゃ」ないし「ごれいじんじゃ」は藤沢〜大船〜鎌倉というJR駅周辺に多く分布(以下、場所は神奈川県神社庁のサイトから)。横浜市泉区では鯖神社圏に隣接してます。
逗子市や三浦郡にもあり、飛び地的に横須賀市佐原や茅ヶ崎市・平塚市・伊勢原市にも有ります。
祭神が鎌倉権五郎ではない神社もあり、崇道天皇=早良親王を祭神としている所は平安以来の御霊信仰なのか、または後で祭神を変えたのかも。というのは、伊勢原の二社は天穂日、少彦名、大己貴、三穂津姫、事代主を祀って五霊。横浜の一つはアマテラスからウガヤフキアエズまでの五柱。う〜むむ。権五郎景政が祭神でも、他に四柱加えて五柱にしている所もあるし。

鎌倉権五郎景政だから五霊神社→御霊神社、では明治初期にはちょっとなあ、だったのかも知れません。国家管理とするに際して史料に照らして祭神を正すという事が行われ、あの三嶋大社ですら変更させられていますから。


ところで、権五郎景政神社、東京の八王子にもあります。実際に行って由緒を見たんだから事実です。八王子市館町1271に有ってかなり立派。豪華な新築祈念碑に「祭神 鎌倉権五郎景政」とはっきり銘記。尤もその直後に「祭神の景政は、醍醐天皇の子孫で貴族武士である」とか一気に信憑性を落とすことが書かれてますが。その後に後三年の役の逸話はちゃんと書かれてますね。何でわけわかんない一文を入れたのか・・・こんな間違いするかなあ?

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しかし御霊神社にしては遠い所にある。由緒には「御霊谷戸に祭られ「御霊大明神」といわれていた社を」八王子城主北条氏照の家臣がここに移したと書かれ、鎌倉とのつながりが不明です。おそらくその御霊谷戸では無いかと思う、八王子城の麓にもっと小さい御霊神社が現存します。御霊谷川の岸にあります。こちらは祭神が不明ですが、館町と同じ可能性が高い。

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それにしてもなぜと、前々から思っていたのですが、関係は無いでしょうが神奈川県のもう一つの御霊神社が、相模原市緑区にありました。もっと詳しく書くと、相模原市緑区佐野川3111です。

最寄り駅は中央線の上野原。そこから車で15分くらい北かなあ。

どの面下げて緑区じゃテメ(以下忖度)、八王子城の御霊谷戸から、まあ、鎌倉よりは近いです。無理有りすぎそうですが、でも御霊谷戸から陣馬街道で和田峠を越えていくと上野原側の御霊神社がある渓谷に出るので、満更無関係では無いかも知れません。

実は実は、前橋に行った時にもあったんですが、その由緒は前橋に本拠が有った室町期の武将長尾氏が先祖を勧請したというもの。長尾氏が鎌倉一族の出身だというのは事実なので、そっちの方がわかります(「納得」とはとても行かない理由があるんですけど、それは別として)。

御霊&五霊神社、今回少し調べて概ね分布がつかめたので、巡る対象に上ってきました。相模原市は、そこそこ大変ですがその渓谷沿いになかなか良い神社が豊富にありそうなので、大いに気をそそられます。でも、ネットで検索て見つけた写真だと、ここも冬じゃ無いと色々難しそうです。



そして存在を知った時からの根本的な疑問は、武士発祥の時代に多数の英雄的武士がいたのに、なぜ鎌倉権五郎景政だけが神様になったのか。鎌倉の御霊神社の由緒掲示では、関東平氏の祖霊を祭っていたのが後に景政だけになったと書いていますが、選抜された理由は不明です。
ただ同時に吾妻鏡にも多数の記載があるとしています。祭神について触れてくれてはいないと思いますが、どういう扱い方なのかだけでも確認したいところです。

時間がどんだけあっても足りない・・・
posted by harukuni at 23:41| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 神社 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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