2017年05月18日

気になる鳥居の「天満宮」

川崎市宮前区に有馬という町があります。4丁目に、有馬荒井谷戸天満宮が見つかったので訪れました。最寄り駅は鷺沼です。正式名称かどうか?と思っていたら境内前の解説板にその通り書かれてました。

この辺一帯は基本的に丘陵部。ここも道路から山道を登りますが、木々に囲まれていて残念ながら桜が満開を過ぎていて(4月半ばでした)、良い感じだな、駐車場のクレーン車が少し邪魔だなあと勝手な事を思っていました。

20170518_01.jpg

でも後で考えたら、既にこの風景で感じても良かったのかも知れません。鳥居の形が珍しい。平たい貫と額束、貫は少し短めですが柱の外に出ています。ここまでは明神鳥居の形式ですが、笠木が円柱一本です。この形式を宗忠鳥居と言い、京都の宗忠神社に代表例があるのでこう呼びます。まあ、街角の小さい神社とかだと気にしないで作ってこうなることもちょいちょいありますよ。

階段を上ります。正面から見ると急に見えますが結構緩やか。上っていくと境内が狭くて写真が撮りづらい。写真を撮らせるために作るんじゃ無いですからね。ぎりぎり撮った正面写真、向かって左側が張り出していますが、覗き込むとここにはシンクがあります。集会所も兼ねているのか。直に社殿内に作るの、無くは無いけど、また少し「きしみ」を感じます。
(内部の撮影はさすがに遠慮しました)

20170518_02.jpg

横から撮ると、こう。

20170518_03.jpg

神社と言うよりはどちらかというと仏堂の印象ですかねえ。奥行きが長く流れ造りではあります。瓦葺きも珍しくないです。そこはあまり気にしないでおきましょうか。

しかし、気にならずにおかないのが、手前の石碑です。
2基縦に並んでいるのがまず珍しいです。その前に並ぶのは狐みたいですが狼かも知れない。くるまれているんでよくわかりません。手前の石碑は、上部に富士型が書かれていますが富士の中に円が描かれているのはあまり見ない。その下の文字を、ネットで調べてようやく判りました。神道系の新宗教で教派神道の一つ、丸山教の碑らしいです。丸山教は富士信仰の流れを汲むので、富士型も判ります。

とすると、天満宮の社殿がこの地の信者さんの集まる場なのかな。ちょっとだけ調べましたが、教祖=親神様で、八百万の神々も崇敬しているとのこと。天満宮と一緒の社殿でも不思議は無いと言うことなんでしょうね。

石碑に刻まれている言葉や絵がとても興味深いのですが、アクティブな信仰を面白がるのは気が引けるのでこの辺で。ただ、境内の解説板の「由来」には触れておきましょう。(ふりがなは省略)

 江戸時代(二五〇〜三〇〇前)から当時の宮前村字有馬通称、荒井谷戸(現在の有馬三丁目二六番地付近)に三〇数戸の住民(氏子という)の手によって近くの天満宮より『菅原道真公』を分けて祭り、田畑の雨乞いなどの農業信仰として建立信奉されました。
 その後、明治三三年四月にこの地に移転し農業信仰は、元より道真公の学問に対する偉大な事績やその人柄から【学問の神・誠心の神】として崇拝されています。


いや、近世にもなると菅原道真が第一に農業の神として崇められることはあり得るんだろうけど。でもこの由来を読んで、ちょっと「きしみ」を感じてたんですよねえ。

鳥居の形状、意図的なのかなあ?
posted by harukuni at 22:04| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 神社 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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