2017年04月20日

やっぱり一言、学芸員について

山本大臣の「学芸員はがん」発言、この人の良識と事実確認力のなさは呆れかえるしか無く、どこの担当にしろこんなのが大臣なんて恐怖ですが、とあるネットの論評が中々良いなと思いました。
学芸員ではなく文科省が癌!文化財が存亡の危機に瀕する理由」という、ダイヤモンド・オンラインの記事で筆者は窪田順生氏というノンフィクションライターの方です。

この記事に対して、私は72%くらいの賛成で、両手を挙げてはいません。やや観光開発寄りが強すぎると思われ、観光に携わらない学芸員を排除しかねないように思えるからです。

とは言え、中心である、文化財保護と観光開発がリンクする必要があるという認識は私も同じ。簡単に言えば、稼がないと維持費が出ないんですよ。文化財に直接関連する、現代において最もまっとうな稼ぎの道は、観光なんです。

近世以前に作られたほとんどの文化財は権力者が大盤振る舞いして作ったもの。建物にしろ、絵画にしろ、音楽にしろみんなそうです。中世までは王侯貴族、近世には大富豪のパトロンなしには作られなかったし維持できなかった。伊勢の遷宮は徳川幕府が復興しています。
もちろん常に大衆文化も存在します。それを探索してるのが民俗学で、私の興味ではミシャクジとか堅牢地神などがその系統。そして、そうした文化が正体不明になっているのもまた事実。庶民も文化を創ることが出来ますが、何百年にもわたって維持するのは極めて難しいんです。

しかも王侯貴族や大富豪(は居るけども)に頼ってばかりいられないのが現代民主主義社会です。文化財を守るためには守り手が自分で稼がなければいけない。全額は無理ですがね。
幸いなことに、博物館などには人目を引いて観光材料になり得る収蔵品もあれば、必死に守らないと消えてしまうような収蔵品も一緒にあります。だから、観光に向く物に大いに稼いでもらい、人目につきづらいけど貴重な物を守るのに分配する。また、うまくアピールして日の目が当たらなかった文化財を有名にする努力も是非あって欲しい。
5年前、ほとんどの神社は境内に私一人だけでした。今は他の人に会うことが珍しくなくなった。本当に変わったと思いますよ。そういう事もあるんです。「パワースポット」って言うのがムカツクのは我慢して、収益力の向上を喜ばないといけないんですよ。

それに学芸員だって世捨て人じゃ無いんです。ブラタモリには「先生」に沢山の学芸員が出ていますが、皆さん嬉々として説明し、質問に答え、自分が質問を出してすぐ正解されてがっかり(実は大喜び)してます。自分が頑張っている世界を知って欲しい、見て欲しいという気持ちはほとんどの地道な学芸員も持っていると、私は確信します。

ただ観光的な売り込みはやっぱりうまくないでしょう。慣れていないし、私にとってのパワスポみたいに不快に思ってしまうことも考えられる。そういうときに組織でフォローできればいいんじゃないでしょうか。県とかの単位で全学芸員が観光対策上手である必要は無く、何人かうまい人がいて苦手な人をフォローする。苦手な人は保護や研究に打ち込み、情報を求められたり質問されたりしたら得意分野から提供する。全員に観光マインドを求めたら、やっぱり無理・きしみが出てしまう気がします。

記事が書くように個人の努力に頼っていてはいけない。その為にまず動くべき立場であり、力があるのが文部科学省という意見に賛成です。「癌」という表現はやっぱりいかがな物かと思いますけども。
posted by harukuni at 20:58| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 神社 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月19日

初夏に良いスパークリング(もっと暑くても)

先週末のカウンターはスパークリング特集。日曜の4時前に着いたら、半分品切れ、残りも私が居るあいだに続々と空になっていきました。暑いくらいの天気だったことも大きいでしょうね。

勿論番外編を次々に準備していました。その中に、なってしまったのですが興味深かったものを。まず、是は前回入荷の時も取り上げたインドのスラ、ブリュット・トラディショナル(SULA Brut Traditional)。トラディショナルということは瓶内2次発酵ですが、そればかりでなく味わいもヨーロッパの「伝統的」。
それでいて少しスパイシーな感じもありますが、シラーも使っているそうです。色からは想像もつきませんが。

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同席された方は、通常瓶1本となんとマグナム2本をお買い上げ。とても気に入ったそうです。壮観だったので写真を撮らせてもらいました。マグナムは使い道が決まっているそうですよ。
マグナムで6,500円くらいだからお手頃も良いところ。少々私の好みとは違うデザインですが、大変に喜ばれていました。

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もう一つは、モエ・シャンドンのアイス・アンペリアル、そのロゼです。
白があるのは知っていましたがロゼは初お目見えだそうです。白自体もいつからあるのか判りませんが初めは世界中のリゾート・ホテルでしか飲めず、日本では沖縄のブセナテラスにしかなかったのだとか。ブセナテラスは、私には全く縁の無いところですがそれでも名前は知っていたくらいの有名リゾートホテルですね。

個人でも飲みたいという声が高まったため市場に少量ですが出回るようになり、そしてこのたびロゼも発売。先週の入荷だったそうです。お花見は天気が難しいので、これからの季節の方が良いでしょう。

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と言うことで、氷を入れて飲みます。ワインマニアは黙殺だったんじゃ無いかと勝手に想像。マニアが買わなくても構わないでしょうけどね、モエ的には。
しかしヲタクの私は1回飲んでみたかったので良い機会。ボトル9,000円はちょっと高い気もしますがまあ仕方ないでしょう、話題作りに良いし。
そう思って飲んだら、結構美味しいなあ、自信ないけど。最初ちょっとドサージュの甘みを感じますが、師匠によれば氷がいくらか溶けたときに味を合わせてきているんですね。と思ったらちゃんとラベルに(小ちゃくですが)ドミ・セックと書かれてました。

白はもっと安いし。スラと並んで、これからの屋外でお勧めです。
posted by harukuni at 21:22| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ワイン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月15日

雄牛と少女・・・より健全なワイン

ネットのニュースに「少女像を雄牛の作者が・・・」っていう記事を見ました。

また少女像かい、日韓関係がまた、でも雄牛って何だ?と思って記事を見たら、全く別の話。しかもウォール街の銅像だのアートだのがごちゃごちゃ言ってて、

どうでもいいよおまえら

なク○みたいな暇人(&金持ち)専用話で、見ている自分が堕落しそうなので、即ワインに行きます。

ロゼは世界的には既に10年以上人気で、衰えないのに何で日本に波及しないのか?お花見のシーズンは売り込みますが、桜=ロゼ。かねえ。味が合うかね???
でも桜シーズンはいろんなロゼを試飲できるんで嬉しいです。東急も頑張ってくれてます。


桜と言うよりオレンジ系が多いですが(右端はオーストリーのアンドルファ、色を主張しないにも程がある)、正直侮っていたのが真ん中のイタリアロゼ、コスタリパのロゼマッラ。VALTENESIというロンバルディアのDOCで、知らないこと夥しい。

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これが美味しかったんですってば!瓶の形もアンフォラチックで昔のイタリアワイン感が横溢で、その辺も好みでしたが味はちゃんと判定して、美味しかった!買っちゃいました。
左のウィスパリングエンジェルもロゼにしてはややお高いけど「間違いない」。美味しいですよ。

フレッシュだけど中くらいのコクがあって、最近のものは甘辛選べるし、ロゼは絶対日本に合うと思う。赤ワインが合う料理って少なくないか?

って話をいつまでしているんだか。マンネリですな。日本の消費状態も全く変わらないけど。

お偉いアーチスト様なら「ロゼワイン像」も造れるんじゃないですか?中目黒あたりに造って欲しいですな。タモリ倶楽部でやってくれないかな。
posted by harukuni at 05:59| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ワイン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月12日

お稲荷様の祭神はヘビーだった

日本中に数え切れないほどあるお稲荷様、稲荷神社。祭神を気にしたことがある人なら、その種類の多さに戸惑ったことがあるんじゃ無いでしょうか。少なくとも私は戸惑いましたよ。

何しろ仏教のダキニ天まで入ってくるんで手に負えないんですがこれは横に除いたとしても、大きく3系統、プラスたぶん1つの計4系統有ります。3系統を並べると。

1.宇迦之御魂「うかのみたま」
2.保食「うけもち」
3.倉稲魂「うかのみたま」

になります。「うかのみたま」は一緒ですが、漢字の違いが大きい。

全国稲荷神社の総本宮、伏見稲荷大社のご祭神は宇迦之御魂命。宇迦之御魂は古事記に出てくる神。スサノオの孫です。一方保食は日本書紀に出てきて、アマテラスの弟ツクヨミを歓迎しようと口や尻から食料を出してもてなしたところ、穢らわしいとして斬り殺されてしまった神様。う〜、ちょっとけがらわしいかもなあ。しかしその亡骸から様々な食料(動物含む)が生まれたんだからとっても感謝しなきゃいけない神様です。
動物にしろ植物にしろ、人間が食料にする時には切り刻むので、それを表していると言われています。

宇迦之御魂は刻まれちゃう役では無いのですが、親が大年神でこれも豊穣神。やっぱり食料の神様ですね。(なお、古事記で刻むのはスサノオです)

この宇迦之御魂と保食、全然関係ない感じの名前ですが、じつはかなり似ている。

まず「ウカノミタマ」は、ウカが主体で、ミタマはあくまでその魂という意味になりますね。
一方「ウケモチ」はウケとモチに分かれる。ウカとウケって似てますよね。モチが違うじゃ無いかと思いますが、実は「モチ」は「オオナムチ」(大国主の別名)「オオヒルメムチ」(アマテラスの別名)などに見られる「ムチ」と同じで、神を示す意味の言葉なのです。

ウケだと判りづらいですが「御食」と書けばどうでしょう。ミケで、尊い食事を表し、神に供える食事のことになります。「ウ」も「ミ」と同じに捉えて良いんだそうです。なのでウカノミタマとウケモチはかなり近い意味になるわけですね。

じゃあ倉稲魂だって同じじゃないのか?

いや、なんか違うんですよ。しょっちゅう「稲倉魂」って書かれてるし、最初「蒼稲魂」って何だと思ったらくさかんむり付けてるじゃん。文字が軽すぎません?
でも、「倉稲魂」は「宇迦之御魂」より食料が倉に一杯そうで豊穣のイメージには合う。とは言えどこをどう押しても「うか」が発音できなく無いか?漢字と読みが乖離してるからこんぐらがるんじゃないかと。
それを言ったら保食が「うけもち」も相当厳しいけど、こちらは日本書紀様がそう読めと言ってるんだから仕方ないじゃないのよ。(実際には日本書紀じゃなくて平安期の知識人。倭名類従抄には和名:うけもちで載っている)

で、ようやく今日の主題に到達。そもそも「倉稲魂」という神様の名前がいつ頃出てきたのかが判らなかったわけですよ。宇迦之御魂と保食は記紀にあるのに。とはいえ調べ方すらわからんと思っていたらなんと。伊勢神道の重要文書、「倭姫命世紀」に出ているんだとか!

こうなっています。
元丹波国与謝郡比沼山頂麻奈井原坐御饌津神。亦名倉稲魂是也。大自在天子。(中略)[崇神]天皇即位三十九年七月七日天降坐。
(高橋美由紀「伊勢神道の成立と展開【増補版】」P198 返り点は、横書き無理有りすぎ)

[]内は和風諡号になりますが長いのでご容赦を。これ、つまり伊勢外宮の豊受大神のことなのです。
「倭姫命世紀」は外宮についてそんじょそこらの世迷い言を書く本では有りません。成立は鎌倉時代前半と言われ、つまりその頃には「倉稲魂」が存在し、豊受大神の別名と言って不思議じゃ無かったわけです。

今外宮と倉稲魂と御饌津神の話を始めようにも私の頭の中で収拾がついていないので触れませんが、一つ言うと「倉」という文字が外宮という場においてクローズアップされる可能性があります。外宮では(神宮全体かも)、倉は単なる収納用の建物では無かった可能性があるからです。

最初に書いた第4系統は、祭神を「豊受姫」にするものです。多くはないですが存在します。「豊受稲荷」というそのまんまの名前になっているところも多いですけどね。やっぱり判りづらいんでしょうか。姫になるのは、これまた、とっても気になるところ。外宮の豊受大神は通常女神では無いんです。

比沼山の麻奈井原伝承が関係していそうですが、もっと手に負えないのでここまでにします。
posted by harukuni at 22:42| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 神社 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月10日

清水の坂

ブラタモリ、奄美大島を3回放送したあとに先週末は清水寺。奄美は初回が歴史・文化、あと2回は自然を取り上げました。この2回と、清水寺1回だと私はやっぱり清水寺の方がお気に入り。インドア派です。ふぐのミステリーサークルは面白かったけど。

奄美大島に比べ実に限られた範囲がテーマの清水寺でしたが、興味深いことが一杯ありました。前から起伏が激しいところだと思っていましたがこれほどとは思わかったし(人が多くてゆっくり見られないんですよね)、こんなに多くの川があるとも知りませんでしたね。

川の妖精が出現したのはおもしろかったなあ。

そして、清水寺付近が生死の境だったこと。多少は知っていましたが、六道珍皇寺がこういう位置づけだったとは知らなかったです。不勉強にも小野篁伝説も知らなかった・・・(有名人ですが、肝心な何で有名なのかを知らなかった)

もっとも印象的だったのは、最後の墓地。鳥辺野が今でも葬送地として存在しているのも知らなかったですし、ここまでの規模とも今更知りました。まあ墓地じゃあ観光客に知らせないのは当然ですけどね。

番組では触れるのは難しいでしょうが、清水坂は平安〜中世、「清水坂非人」という賤民の集住地でした。なぜ清水坂なのかと不思議に思っていたのですが、あの世とこの世の境目、彼岸と此岸の交わるところだったからなんですね。非人は穢れを清める事を最大の職掌とし、自身が穢れを背負けう存在だったからこそ他の清めを行うことが出来たのです。当時の穢れで最も重いのは死。死の穢れを祓う、葬送に携わるのが非人の重要な役割だったんです。

一般の人が非人になってしまうことは悲惨なことでしたが、一方で中世までの非人は武装して戦闘する力すらある集団でした。朝廷の警察軍である検非違使の活動にも加わっていたくらいです。

そういう人達の居たところだったんですねえ。納得です。墓地を観光するのは良くないですが、入り口から見るくらいはしたいですね。

次回は祇園だそうです。牛頭天王、出てくるかな?
posted by harukuni at 20:51| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 神社 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする